麹町道草日和
ちょっと一息。みらい法律事務所の所属弁護士によるコラムです。

会社をコミュニティにする法

フランスの社会学者デュルケムは「自殺論」(1897、中公文庫)の中で、自殺の原因は孤立であり、孤立を防ぐ役目は「職業組合」が相応しいと述べています。職業組合は、どこでも誰にも身近にあり、かつ、ずっと存在している団体だから、というのがその理由です。これを今の日本の社会に当てはめれば「会社」ということになるでしょう。しかし、いまのままの日本の会社の閉鎖的体質では、個人を孤立化から救ってくれるとは思えません。現在の日本の会社に、なんとかコミュニティとしての要素を取り入れられれば、身近な会社が個人の孤立化を和らげる場所になりうるのではないか。そう考えてまとめたことを、放送大学の講義で「会社をコミュニティにする法」と題して面接授業を行っています(平成25年6月予定)。 コミュニティの要素は、ミュニティ論の権威である広井良典千葉大教授によれば「帰属意識」と「連帯・相互扶助の意識」です(「コミュニティ」勁草書房)。一般的にコミュニティとしては「地域コミュニティ」をどう作るか、が論じられていますが、この「帰属意識」と「連帯・相互扶助の意識」を会社に持ち込むことができれば、会社のコミュニティ化は可能ではないでしょうか。もちろん「帰属意識」は強要されるものであってはなりません。 会社は「人工的」な「営利を目的とする」組織です。会社は、既存の自然発生的な地域社会と異なり、会社法に従って人々が作りあげ、運営する「人工的な組織」ですが、いろいろな工夫の余地が大きい「人工的」な面は、組織を作りあげる、従ってコミュニティを作る場合の一番の利点です。 青木昌彦スタンフォード大名誉教授は「コーポレーションの進化多様性」(NTT出版)で、株式会社とは、資本家の提供する物的資産を利用し、経営者と労働者がそれぞれの「認知資産」を提供し合って、その「集合認知」が進化していく組織であると解説しています。つまり経営者と労働者のそれぞれの「知識の集積」が影響しあって進化するのが会社の本来のありかたなのです。この「知識」の働きが、組織が「人工的」に進化する重要な要素であり、組織が進化すれば、業務の効率のみならず、組織内での帰属感や連帯・相互扶助の意識も高まるでしょう。 ではどういう「知識」がコミュニティには必要か。まずは「法の知」を身につけてそれを「集合認知」として共有してはどうか、というのが私の提案です。 会社は「営利性」という呪縛を受けています。会社の「営利性」は維持されるべきであり、放棄できないから呪縛なのです。しかし、この呪縛が過剰に働いているのが実情です。このままでは、会社への自然な愛着による帰属感も生まれず、まして従業員同士が「連帯・相互扶助の意識」など持ちようがありません。すこしでも呪縛を弱める方法は何か。それは会社のメンバーが「公共性」を共有することだと思います。公共性といっても、「公共的な仕事をせよ」とか「お上に従え」ということではありません。斎藤純一早大教授は、あるべき公共性とは、社会に「開かれている」ことだ、としています(「公共性・思考のフロンティ」岩波書店)。会社が、周囲の市民社会に「開かれているもの」だ、という意識を経営者から新入社員まで全員が共有することで、風通しのよい会社となり、そのことが会社をコミュニティに一歩でも近づけるのではないでしょうか。 こういうことを今の会社で実現する現実的な方法が、会社法と労働法の知識、コンプライアンスの考え方を、経営者から従業員まで全員が身につけ共有することだ、というのが私の授業の趣旨です。つまり講義のタイトル「会社をコミュニティにする法」の「法」には、「方法」と「法律」の両方の意味がかけてある訳です。