事業承継における種類株式の活用
(1) 種類株式とは
種類株式とは、定款によってその種類ごとに異なる内容を定めて発行された株式のことであり、会社法では、以下の事項について、異なる内容の定めをすることができます(会社法108条1項)。
これらの種類株式を活用することにより、株式分散のリスクの低減や、後継者への株式の集中、事業承継後の後継者の監督等を行う仕組みを導入することができます。
事業承継の円滑化にあたり、株式分散のリスクの低減や、後継者への株式の集中、事業承継後の後継者の監督等を行う仕組みの導入等の為に、種類株式の活用が広がってきています。
(2) 剰余金の配当・残余財産の分配に関する種類株式
ア 剰余金の配当・残余財産の分配に関する種類株式とは
剰余金の配当・残余財産の分配に関する種類株式とは、剰余金の配当・残余財産の分配について異なる定めをした内容の異なる種類株式のことをいい(会社法108条1項1号・2項)、他の株式に優先して剰余金の配当等を受ける権利がある株式が優先株式、他の株式に遅れてしか剰余金の配当等を受けることができない株式が劣後株式といいます。
イ 事業承継における主な活用方法
後述のとおり議決権制限株式(無議決権株式)の導入にあたり、同時に同株式を配当優先株式に変更し、後継者でない他の相続人等に承継させることにより、後継者でない他の相続人等に承継させることにより、後継者でない他の相続人等を剰余金の配当等において優先させることで、後の紛争を予防することが考えられます。
ウ 注意点
事業承継において、剰余金の配当または残余財産の分配に関する種類株式の活用としては、後継者でない他の相続人等に対して経済的利益を配慮するものということとなりますが、分配可能額がないなどの剰余金の配当等が期待できない場合も考えると、その機能は限定的といえます。
(3) 議決権制限種類株式
ア 議決権制限種類株式とは
議決権制限種類株式とは、株主総会において議決権を行使することができる事項について異なる定めをした、内容の異なる株式をいいます(会社法108条1項3号)。
議決権制限種類株式の具体的な例としては、ある種類の株式は一切の事項について議決権を有しない株式(無議決権株式)や、取締役選任権等の一定事項についてのみ議決権を有する種類株式があります。
イ 事業承継における主な活用方法
先代経営者の相続財産の大部分を株式が占める場合において、後継者に株式を集中させると、他の相続人から遺留分の主張が行われる可能性があります。
遺留分侵害額請求がなされた場合には、侵害額にあたる金銭の支払いを行う必要がありますが、他に相続財産がない場合には、株式の売却を検討せざるを得ないこととなり、株式が分散してしまうリスクがあります。
そこで、定款変更により先代経営者の保有株式の一部を無議決権株式に変更し、後継者には議決権のない普通株式を相続させ、他の相続人には無議決権株式を取得させることにより、遺留分侵害額請求による株式(議決権)の分散リスクを低減させることができます(事業承継ガイドライン68頁)。
なお、公開会社では議決権制限種類株式の発行にあたっては、発行済株式の総数の2分の1を超えるに至ったときは、直ちに2分の1以下にするための措置を講じる必要がありますが(会社法115条)、非公開会社ではそのような制限はありません。
ウ 注意点
相続税等の課税上の評価において、無議決権株式を発行している会社の無議決権株式及び議決権のある普通株式については、原則として、議決権の有無を考慮せずに評価するものとされています(平成19年2月26日付課審6-1ほか2課共同「相続により取得した種類株式の評価について(平成19年2月19日付平成19・02・07中庁第1号に対する回答)」)。
しかし、これはあくまで課税上の評価であり、遺留分算定基礎額の算出のための評価の基準とは異なるとの指摘もされているところであり(吉岡毅「事業承継と種類株式の評価-無議決権株式を中心として-」金融法務事情1818号59頁以下参照)、遺留分侵害額の算定にあたり紛争となる可能性があることには注意が必要です。このような他の相続人との紛争を防止するにあたり、無議決権株式の導入の際に、後述の取得請求権付株式も合わせることにより、株式の金銭による取得を請求できることを可能にすることが考えられます。
(4) 譲渡制限株式
ア 譲渡制限株式とは
譲渡制限株式とは、譲渡による株式の取得について、会社の承認を要することを内容とする株式のことをいい、定款により、発行する全部の株式の内容とすることも(会社法107条1項1号)、種類株式の内容とすることも(会社法108条1項4号)可能です。
現在では、多くの中小企業が、すべての株式を譲渡制限株式としています。
イ 事業承継における主な活用方法
先代経営者以外の者が保有する譲渡制限株式を、経営者にとって望ましくない第三者に売却しようとした場合、会社はこれを承認しないことにより、株式の散逸を防止することが可能となります(事業承継ガイドライン68頁)。
ウ 注意点
会社が、株主・株式取得者からの譲渡・取得の承認請求(会社法136条、137条、138条)に対して、会社が承認しない旨の決定をした場合には、会社または指定買取人による買取を請求することができますが、会社が譲渡制限株式を買い取る場合には、株主総会の特別決議を要することには注意が必要です(会社法140条2項、309条2項1号)。
そして、会社による買取は、自己株式の取得にあたることから、その株主からの買取りの価額は、買取りの効力が発生する日における株主への分配可能額(会社法461条2項)の範囲内である必要があります(会社法138条、会社法461条1項1号)。
また、既に発行されている種類株式に譲渡制限を付するための定款変更においては、後述の通常の定款変更手続きのほか、当該譲渡制限を付する種類株式およびその種類株式を交付される取得請求権付株式、取得条項付き株主に係る種類株主総会の特殊決議が必要となり(会社法111条2項、324条3項1号)、反対株主には株式買取請求権が認められています(会社法116条1項2号)。
(5) 取得請求権付株式
ア 取得請求権付株式とは
取得請求権付株式とは、株主が会社に対し、その株式の取得を請求することができることを内容とした株式のことをいい、定款により、発行する全部の株式の内容とすることも(会社法107条1項2号)、種類株式の内容とすることも(会社法108条1項5号)可能です。
イ 事業承継における主な活用方法
先代経営者が保有する株式のうち、後継者でない他の相続人等に対して承継する株式を、譲渡制限を付すのに加えて、金銭を対価とする取得請求権付株式とします。
そして、株式を取得したものの自由に株式を処分することができない後継者でない他の相続人等による取得請求権の行使による金銭化を促し、会社が当該株式を取得することによって、株式の散逸の防止と、後継者の議決権割合の増加を図ることができます。
また、前述のとおり、後継者でない他の相続人等に対して無議決権株式を承継した場合に、取得請求権付株式としておくことにより、他の相続人等が無議決権株式の処分を行うことが可能となり、議決権種類株式の相続等における評価をめぐる紛争も予防することができます。
ウ 取得請求
株主による取得請求権付株式の取得請求は、会社に対して、取得請求権付株式の数(種類株式発行会社にあっては、取得請求権付株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにして行い、株券発行会社である場合には株券を提出する必要があります(会社法166条)。
株主による取得請求によって、会社は、その請求の日において取得請求権付株式を取得することとなります(会社法155条4号)。
エ 注意点
後継者でない他の相続人等からの請求にあたり、取得請求の対価の内容が会社の他の株式以外である場合には、対価である財産の帳簿価額が請求の日における分配可能額(第461条2項)を超えているときは、取得請求をすることができないことには注意が必要です(会社法166条1項ただし書き)。
また、取得請求が可能である場合おいて、取得請求権の行使はあくまで株主の意思により行われるものであることから、対価の額によっては、資産が流出するおそれがあることにも注意が必要と言えます。
(6) 取得条項付株式
ア 取得条項付株式とは
取得条項付株式とは、会社が一定の事由が生じたことを条件としてその取得を請求することができることを内容とした株式のことをいい、定款により、発行する全部の株式の内容とすることも(会社法107条1項3号)、種類株式の内容とすることも(会社法108条1項6号)可能です。
イ 事業承継における主な活用方法
一般に、経営者以外の株主が死亡した場合には、相続により株式が分散してしまうことがあります。そこで、定款変更により、全株式を、株主の死亡を取得条件とする取得条項付株式に変更し、先代経営者は、遺言等により、遺留分に反しない限度で後継者ではない他の相続人にも自社株を相続させることとします。
そして、先代経営者が死亡した場合には、会社が、先代経営者からこの株式を相続した後継者ではない他の相続人及び相続人ではない株主からこれを取得することにより、株式の散逸の防止と、後継者の議決権割合の向上を図ることができます。
なお、後述の通り、取得の請求にあたっては、取得条項付株式の一部の取得も可能です(会社法107条2項3号ハ、108条2項6号イ)。
ウ 取得の効力
会社は、定款に取得条件として定められた「一定の事由が生じた日」において(取得条項付株式の一部を取得する場合には、一定の事由が生じた日と会社法169条3項に定められた通知・公告の日から2週間を経過した日)において、対象株式を取得することとなります(会社法170条1項)。
エ 注意点
発行済株式全部またはある種類の種類株式全部に取得条項付株式とする定款変更には、通常の定款変更の手続きのほか、その株式を有する株主全員の同意が必要となります(会社法110条、107条1項3号、111条1項、108条1項6号)。
株式の取得にあたっては、取得請求権付株式における場合と同様に、対価の内容が会社の他の株式以外である場合には、対価である財産の帳簿価額が分配可能額(第461条2項)を超えているときは、取得請求をすることができないことには注意が必要です(会社法170条5項)。
(7) 全部取得条項付種類株式
ア 全部取得条項付種類株式とは
全部取得条項付種類株式とは、会社が株主総会の決議によってその種類の株式の全部を取得することができるという内容の種類株式をいいます(会社法108条1項7号)。
イ 事業承継における主な活用方法
先代経営者及び後継者以外に株主が存在する場合において、定款変更により、普通株式の他に、全部取得条項付種類株式及び議決権制限種類株式(無議決権株式)の発行を可能にしたうえで、発行済株式の全てを全部取得条項付株式に変更を行います。その上で、第三者割当により普通株式を先代経営者及び後継者に割り当てる一方で、会社が他の者が有する全部取得条項付株式を取得し、取得対価として議決権制限種類株式(無議決権株式)や金銭等を交付します。
その結果として、先代経営者及び後継者のみが議決権を集中することができ、事業承継がスムーズに進むこととなります。
ウ 取得手続
全部取得条項付種類株式を発行した会社は、株主総会の特別決議により全部取得条項付種類株式の全部を取得するには、株主総会の日の2週間前の日と取得について株主に通知・公告する日のいずれか早い日から取得日後6か月を経過する日までの間、以下の事項その他法務省令で定める事項を記載した書面または電磁的記録を本店に備え置く必要があります。
① 全部取得条項付種類株式を取得するのと引換えに金銭等を交付するときは、当該金銭等についての次に掲げる事項
・当該取得対価が当該株式会社の株式であるときは、当該株式の種類及び種類ごとの数又はその数の算定方法
・当該取得対価が当該株式会社の社債(新株予約権付社債についてのものを除く。)であるときは、当該社債の種類及び種類ごとの各社債の金額の合計額又はその算定方法
・当該取得対価が当該株式会社の新株予約権(新株予約権付社債に付されたものを除く。)であるときは、当該新株予約権の内容及び数又はその算定方法
・当該取得対価が当該株式会社の新株予約権付社債であるときは、当該新株予約権付社債についてのロに規定する事項及び当該新株予約権付社債に付された新株予約権についてのハに規定する事項
・当該取得対価が当該株式会社の株式等以外の財産であるときは、当該財産の内容及び数若しくは額又はこれらの算定方法
② 前号に規定する場合には、全部取得条項付種類株式の株主に対する取得対価の割当てに関する事項
③ 株式会社が全部取得条項付種類株式を取得する日
その上で、会社は、株主総会において、全部取得条項付種類株式の全部を取得することを必要とする理由を説明し(会社法171条3項)、特別決議(会社法309条2項3号)により取得を決定します。
なお、株主総会において取得に反対した株主等は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、会社による全部取得条項付種類株式の取得価格の決定の申立てを行うことができます(会社法172条1項)。
エ 取得の効力
会社は、株主総会において決定された取得日において全部取得条項付種類株式の全部を取得します(会社法173条)。
会社は、取得日以後遅滞なく、会社が取得した全部取得条項付種類株式の数その他の全部取得条項付種類株式の取得に関する事項として法務省令で定める事項を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録を作成し、取得日から6か月間本店に備え置かなければなりません。
オ 注意点
事業承継にあたり、全部取得条項付種類株式を活用するには、①会社が全部取得条項付種類株式の発行会社となる定款変更の手続に加え、②発行済株式について全部取得条項付種類株式とする発行済種類株式を全部取得条項付種類株式とする通常の定款変更(会社法466条、309条2項11号)のほか、当該定款変更を行う種類株式及びその種類株式を交付される取得請求権付株式・取得条項付株式に係る種類株主総会の特別決議(会社法111条2項、324条2項1号)が必要となり、定款変更決議に反対の株主には株式買取請求権が認められています(会社法116条1項2号)。
さらに、③取得条項付株式の取得と異なり、会社が全部取得条項付種類株式の全部を取得するには、ウでの説明のとおり、さらに株主総会の特別決議が必要となります(会社法171条1項、309条2項3号)。
また、会社による全部取得条項付種類株式の取得にあたっては、取得請求権付株式及び取得条項付株式の取得の場合と同様に、対価である財産の帳簿価額が分配可能額(第461条2項)を超えているときは、取得請求をすることができないことには注意が必要です(会社法173条1項、461条1項4号)。
このように、全部取得条項付種類株式の取得については、①ないし③の手続きについて同じ株主総会で行う事もできると考えられてはいるものの手続きが煩瑣であり、平成26年会社法改正後においては、残存少数株主の締出しの方法として、特別支配株主の株式等売渡請求や、制度が整備された株式併合が活用されていくと考えられています(東京弁護士会中小企業法律支援センター他・事業承継支援の基礎知識・102頁)。
(8) 拒否権付種類株式
ア 拒否権付種類株式とは
拒否権付種類株式とは、株主総会や取締役会、清算人会において決議すべき事項について、その決議の他に、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とする定めをした、内容の異なる株式をいいます(会社法108条1項8号)。
つまり、拒否権付種類株式の種類株主は、株主総会等において決議すべき事項についての拒否権を有することとなります。
イ 事業承継における主な活用方法
先代経営者が全ての発行済株式を保有する場合において、事業承継にあたり、すべての株式を後継者に承継した場合には、後継者が株主兼代表者として、誰の監督も受けずに事業をおこなうこととなり、経験不足等により事業に失敗する可能性もあります。
そこで、定款変更により、株主総会等の決議事項のうち一定の事項について拒否権を有する拒否権付種類株式を導入し、先代経営者に株式無償割当て等の方法により割り当てます。
そして、事業承継にあたり、後継者に普通株式のみを承継することにより、拒否権付種類株式を保有する先代経営者は、会社の重要事項について拒否権を留保することにより後継者を監督することができます(日本弁護士連合会ほか編「事業法系法務のすべて」240頁)。
ウ 注意点
事業承継にあたり、先代経営者が拒否権付種類株式を保有し続けることになりますので、先代経営者と後継者との意見が相違するような場合には株主総会等における重要事項について種類株主総会の決議が得られない場合や、先代経営者の死亡等により種類株主総会の決議が得られない事態が考えられ対策が必要となり、たとえば、拒否権付種類株式を導入するにあたり、合わせて、種類株主総会の決議が得られないことを条件とする取得条項付種類株式とする対策が考えられます。
(9) 役員選任権付種類株式
ア 役員選任権付種類株式とは
役員選任権付種類株式とは、取締役又は監査役の選任について、その種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任することとの定めをした、他と内容の異なる株式をいいます(会社法108条1項9号)。
この役員選任権付種類株式は、指名委員会等設置会社及び公開会社が発行することができません(会社法108条1項ただし書き)。
なお、役員選任権付種類株主総会によって選任された役員の解任については、定款によって別段の定めがある場合を除き、役員選任権付種類株主総会の決議によることとされています(会社法347条)。
イ 事業承継における主な活用方法
先代経営者が全ての発行済株式を保有する場合において、事業承継にあたり、すべての株式を後継者に承継した場合には、後継者が株主として役員を選任することとなり、経験不足等により事業に失敗する可能性もあります。
そこで、定款変更により、先代経営者の保有株式の一部を役員選任権付種類株式に変更し、後継者にはそれ以外の普通株式を承継させることにより、先代経営者は、取締役や監査役を通じて後継者を監督することが可能となります。
また、先代経営者が保有していた役員選任権付種類株式を後継者に取得させることにより、仮に株式が分散していた場合であっても、後継者が取締役や監査役の人事を掌握することにより、事業承継をスムーズに行うという活用方法も考えられます。
ウ 注意点
事業承継にあたり、先代経営者が種類株式を保有し続けることによる意見対立等により決議が得られないリスクは拒否権付種類株式の場合と同様であり、役員選任権付種類株式の導入にあたっては、合わせて、種類株主総会の決議が得られないことを条件とする取得条項付種類株式とする方法等の検討が必要です。
なお、役員選任権付種類株主総会によって選任された役員について、当該役員を選任した種類株主総会において議決権を行使することができる種類株主が存在しない場合には、当該役員を株主総会の普通決議により解任することができます(会社法347条)。