税理士がミスをした場合、どのような責任を負うのでしょうか。
税理士がミスをして、依頼者に損害が発生した場合、大きく2つの責任の問題が発生します。
(1)損害賠償問題
(2)懲戒処分問題
損害賠償の法律構成は、(一)債務不履行に基づく損害賠償、(二)不法行為に基づく損害賠償、の2つです。
懲戒処分は、(ア)戒告、(イ)税理士業務の停止、(ウ)税理士業務の禁止、の3種類があります。
税理士としては、どのような場合に責任が発生し、どう対処したら良いのかを知っておく必要があります。
本稿では、税理士がミスによる責任を負う場合と対処法について解説します。
目次
税理士のミスは発覚しやすく、責任追及を受けやすい
税理士がミスをして責任追及を受ける場合のパターンはいくつかあるが、多いのは、次の3パターンです。
(1)税務調査でミスが発覚する場合
(2)税理士変更によりミスが発覚する場合
(3)自らミスに気づく場合
依頼者が自ら気づく場合もありますが、依頼者は税務の専門的知識を有していないことが多いので、上記3つに比べると、数は多くないと思います。
まず、税務調査でミスが発覚するのは、税理士が依頼者から税務代理業務の委任を受け、税務申告書を作成提出した後、依頼者が税務調査を受け、修正申告が必要となったり、更正処分を受けるような場合です。
この場合、追加の納税が発生し、あわせて延滞税や加算税、場合によっては、重加算税などが課されることがありますが、依頼者からしてみると、正しい税務申告をしていれば延滞税や加算税などは支払う必要はないわけで、ミスがあったために損害を被った、という意識になります。
そして、税務申告は税の専門家である税理士に依頼して報酬を支払っているのであるから、税理士のミスによって、会社が損害を被った、という論理になると、その損害は税理士の責任であるとして、税理士に対して損害賠償請求をすることになります。
次に、例えば、依頼者の代替わりなどで社長が交代し、あわせて顧問税理士を変更する、ということがありますが、この場合、交代した税理士は、過去の会計帳簿や税務申告書などを検討するのが通常であるが、その過程で、過去に行った税務申告のミスが発見される場合があります。
そして、税理士がそれを会社に報告することによって依頼者が損害を被ったことを認識し、そのミスの責任について税理士に対して責任追及をすることがあります。
3つ目は、税理士が自ら気づく場合です。
税理士が依頼者の過去の申告書を見直している過程でミスに気づいたり、他の業務をしている時にふと気づくというパターンです。
そして、そのミスを依頼者に報告することにより、税理士に対する損害賠償請求に発展するパターンです。
ところで、損害賠償請求というのは、「いくらの損害を被ったから、その損害を賠償せよ」という請求ですが、通常、その損害額を算定するのが容易ではない場合も多いものです。
たとえば、交通事故を起こして怪我をさせた場合、慰謝料はいくらか、休業補償はいくらか、など、損害額について、加害者側と被害者側で意見が食い違うことが多くあります。
しかし、税理士の損害賠償は、不要な税を納付せざるを得なくなったことが損害になることが多いので、損害額が容易に計算できてしまう、という要因があります。
このようなことから、税理士は、依頼者からの損害賠償請求に対する備えをしっかりしておくことが肝要です。
税理士のミスによる損害賠償責任の根拠
税理士のミスによる損害賠償責任の法的根拠は、「債務不履行責任」と「不法行為責任」の2つです。
そこで、この2つの概略について解説します。
債務不履行責任
民法第415条は、次のとおり規定しています。
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」
「債務の本旨に従った履行をしないとき」に損害賠償責任が発生しますが、この「債務の本旨に従った履行をしないとき」とは、法律の規定、契約の趣旨、取引慣行、信義誠実の原則等に照らして適当な履行をしないことです。
債務の前提となる契約の種類について、最高裁昭和58年9月20日判決は、「本件税理士顧問契約は、・・・全体として一個の委任契約であるということができる。」と判示して、税理士と依頼者顧問会社との契約を委任契約であると解釈しました。
委任契約は、「委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。」(民法第643条)とされています。
民法第415条1項但書は、「ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」と規定し、債務者、すなわち税理士の責めに帰することのできない事由によって債務不履行が生じた場合は、損害賠償責任は免責されることになります。
不法行為責任
不法行為に基づく損害賠償責任は、民法第709条で「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。
不法行為は、契約関係があってもなくても、一定の要件を満たせば成立するものです。したがって、税理士は、契約関係にない第三者から損害賠償責任を追求されることがあることにになります。
不法行為の要件は、①権利侵害があること、②故意・過失があること、③損害が発生したこと、④行為と結果との間に因果関係があること、の4つです。
税理士の責任の前提となる注意義務
税理士に対する損害賠償請求において注意義務違反が争点となる注意義務は、次の10個です。
①説明助言義務
②有利選択義務
③不適正処理是正義務
④前提事実の確認義務
⑤積極調査義務
⑥税法以外の法令調査義務
⑦租税立法遵守義務
⑧正しく事実認定をする義務
⑨不正発見・報告義務
⑩第三者に対する義務
それぞれの注意義務について、解説します。
①説明助言義務
税理士は、依頼者に対して、有益な情報および不利益な情報を提供し、依頼者が適切に判断できるように説明及び助言をしなければなりません。
税理士のミスを理由として損害賠償請求される事案において、この説明助言義務が争点となる場合には、次の3つです。
(1)説明助言義務を負うか。
(2)説明助言義務があることを前提として、説明助言をしたか、していないか。
(3)説明助言に誤りがあるか。
(2)の説明助言をしたかどうかが争いになる、ということは、税理士が「助言をした」と主張し、依頼者が「聞いていない」と反論するケースです。
このようなケースでは、税理士が説明助言をしたことを証拠化しているかどうかが重要となります。
②有利選択義務
税理士が業務を行う際に、複数の選択しうる税務処理の方法がある場合においては、法令の許容する限度で依頼者に有利な方法を選択する義務です。
神戸地裁平成14年6月18日判決(TAINS Z999-0052)は、「委任契約上、税理士として、相続税のための財産評価にあたり、財産評価基本通達を含む法令に則り、依頼者のためにできるだけ有利な評価を採用するようにする注意義務があり、そのため必要な質問や調査を尽くすべき義務があるというべきである。」と判示しました。
③不適正処理是正義務
税理士は、税理士業務を行うに当たって、委嘱者が不適正な処理をしている場合には、それを是正するように助言しなければならない義務があります。
税理士法41条の3は、「不正に国税若しくは地方税の賦課若しくは徴収を免れている事実、不正に国税若しくは地方税の還付を受けている事実又は国税若しくは地方税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の全部若しくは一部を隠ぺいし、若しくは仮装している事実があることを知つたときは、直ちに、その是正をするよう助言しなければならない」と規定しています。
④前提事実の確認義務
税理士が業務を行う際に、税務処理の前提となる事実について、資料を精査し、関係者に質問することによりどの程度まで前提事実を解明すべき注意義務があるのかが争われることがあります。
例えば税理士が依頼者に対して、簡易課税選択届出書を提出しているかどうか質問し、依頼者が「提出済みである」と回答した場合に、それ以上に書面を提示するよう求めたり、税務署で閲覧して確認する必要があるか、などで争われます。
⑤積極調査義務
税理士は、税務処理をするにあたって、依頼者の説明や資料が不十分であるなどの場合には、依頼者に対してどこまで積極的に質問したり、資料提示を求め、調査する義務があるのかが争われることがあります。
また、依頼者から具体的な相談がない場合に、どこまで依頼者の経営状況を確認し、例えば、消費税に関する課税選択などの助言をする義務があるか、などが争われます。
⑥税法以外の法令調査義務
税理士は税務の処理をする場合に、法人税であれば会社法、相続税であれば民法などを参照する必要がありますが、この場合、税法以外の法令をどこまで綿密に調査すべきかが争われる場合があります。
東京地裁平成26年2月13日判決(TAINS Z999-0145)は、税理士は税務に関する専門家であるから、一般的には租税に関する法令以外の法令について調査すべき義務はないとしながらも、相続税申告にあたって国籍を確認する必要がある場合には国政k方を確認すべきである旨判示しました。
⑦租税立法遵守義務
税理士は、租税立法の文言に直接的に反する行為をしてはならないことはもとより、租税立法の趣旨に反する行為をしてはならない義務を負います。
そこで、通達にも従う義務があるのか、仮に通達に反する処理をする場合には、どのような注意義務があるのか、が争われることがあります。
大阪高裁平成10年3月13日判決(判例時報1654号54頁)は、相続税申告業務において、財産評価基本通達に反する処理をする場合に、将来の不利益を依頼者に十分理解させる義務があると判示しました。
⑧正しく事実認定をする義務
税理士が業務を行う場合には、法的三段論法として、税法に関する法令を解釈し、事実を認定し、法令に事実をあてはめることになります。
そこで、税理士は、業務を行うに際し、どこまで正しく事実認定をする義務があるのかが争われることがあります。
神戸地裁平成14年6月18日判決(TAINS Z999-0052)は、私道に関する事実認定が誤っていたものの、税理士の注意義務違反を認めませんでした。
⑨不正発見義務
依頼者の職員や役員による不正によって、依頼者が損害を被る場合があります。
この場合に、依頼者は、税理士が不正を発見し、報告する義務があるにもかかわらず、これを怠ったために損害を被ったとして、税理士に対して損害賠償請求をするケースがあります。
争点は、税理士の不正発見・報告義務です。
特に不正発見・報告義務について税理士と依頼者で明確に合意していないケースでは、概ね税理士の注意義務違反は否定される傾向にあります。
参考記事:税理士損害賠償請求事例を弁護士解説(不正発見報告義務)
⑩第三者に対する義務
税理士が作成した税務書類を信頼して行動をした第三者が、その税務書類が誤ったことによって損害を被ることがあります。
この場合に、税理士が当該第三者に対して損害賠償責任を負うかどうかが争われる場合があります。
典型的には税理士が粉飾決算をし、それを信じて金融機関が融資をするようなケースです。
このようなケースで税理士と金融機関の間に契約はないので、債務不履行ではなく、不法行為に基づく損害賠償請求をされることになります
税理士がミスによる損害賠償責任を追及された時の対応
事実の確認と証拠の収集・整理
税理士がミスをして損害賠償責任の追及をされた場合、まず行うことは、事実の確認と証拠の収集・整理です。
早計に自分のミスや間違いを認めてはいけません。まず、事実と評価を明確に分けて、事実のみを時系列でまとめていきます。
時系列にすることにより、どの時点でのミスが争点になりそうかが見えてきます。
また、後日、弁護士や保険会社に事案の内容を相談する際にも時系列があった方が説明が容易になります。
そして、時系列表を作成したら、証拠を収集・整理します。
後日裁判になった時は、事実関係は全て証拠で判断されることになります。したがって、税理士損害賠償訴訟では、証拠が極めて重要です。
証拠を収集したら、すでに作成した時系列表に証拠を紐づけていきます。それによって、事実を証明する際の証拠の有無が明らかになります。
法律通達、裁判例の検討
事実関係を整理し、証拠を収集・整理したら、その事実関係について、どの法律・通達・裁決例・裁判例が関係しているかを検討します。
後日、弁護士に相談することになりますが、その際、このような法律通達・裁判例等があると、弁護士が当該事案をよく理解することができることになります。
更正の請求、錯誤の主張、事業年度の変更
次の検討は、依頼者の損害をできる限り少なくすることです。
場合によっては更正の請求、錯誤無効の主張、事業年度の変更(消費税の場合)、課税期間の短縮(消費税の場合)などにより、依頼者に発生する損害をなくし、あるいは減らすことが可能になる場合があり、それによって損害賠償責任を負う金額を抑えることができます。
弁護士への相談
税理士損害賠償事例については、必ず弁護士に相談していただきたいと思います。
なぜなら、税理士が損害賠償責任を負担するかどうかについては、法律問題であり、税理士が「自分には賠償責任がある」と考えている場合でも、弁護士から見ると、「賠償責任はない」と判断できる場合があるためです。
そのため、早計に自分のミスの責任を認めないことが大切です。
但し、税理士損害賠償責任の問題は、全ての弁護士が精通しているわけではありません。
弁護士が税理士損害賠償の事案を扱うためには、
(1)税法の知識
(2)税理士の業務プロセスの知識
(3)過去の税理士損害賠償の裁判例の知識
が必要であるためです。
したがって、可能であれば、上記を満たす弁護士に相談することをおすすめします。
参考記事:税理士損害賠償に強い弁護士の探し方
税理士職業賠償責任保険への通知
税理士職業賠償責任保険では、事故があったことを知ったときには、遅滞なく保険会社に報告をしなければならないと定められています。
具体的には、以下の事項を通知します。
①事故発生・発見の日時、場所、事故の状況、被害者の住所・氏名・名称
②損害賠償請求の内容
したがって、税理士が事故があったことを知ったら、すぐに保険会社に報告します。
また、税理士職業賠償責任保険の注意点としては、保険会社から支払い拒絶通知を受けたとしても、その判断が間違っていることあるので、やはり、弁護士に相談することをおすすめします。
税理士の懲戒処分
税理士がミスをした場合には、税理士損害賠償責任の他、懲戒処分の可能性があります。
税理士法45条は、次のように定めます。
2財務大臣は、税理士が、相当の注意を怠り、前項に規定する行為をしたときは、戒告又は二年以内の税理士業務の停止の処分をすることができる。
上記2項において、故意に(わざと)でなくても、相当の注意を怠ったミスにより税務書類に間違いがあった場合には、懲戒処分の可能性がある、ということです。
税理士の懲戒処分は、①戒告、②税理士業務の停止、③税理士業務の禁止です。
ミスによる懲戒処分は、②と③です。
②の税理士業務の停止は、2年以内の業務停止であり、税理士会会員の身分はあるけれども、税理士証票は返還することになります。
③の税理士業務の禁止は、税理士登録抹消処分され、処分日から3年を経過する日まで税理士登録をすることができません。
十分に気をつけたいところです。
参考記事:税理士がミスをして損害賠償請求を受けた時の対応を弁護士解説
・弁護士による税理士損害賠償SOS
弁護士法人みらい総合法律事務所では、税理士損害賠償のご相談を受け付けています。