税理士に対する損害賠償請求の法律構成としては、①債務不履行に基づく損害賠償、②不法行為に基づく損害賠償請求、の2つがあります。
しかし、一旦成立した損害賠償請求権も、一定期間権利が行使されなかった場合には、その権利が消滅してしまうことがあります。これが「消滅時効」です。
2020年4月1日以降に発生した損害賠償請求権の消滅時効は、以下のとおりです。
(1)債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効
①債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
②権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
(2)債務不履行に基づく損害賠償権の消滅時効
①被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
②不法行為の時から二十年を経過したとき。
本稿では、損害賠償請求権の消滅時効について解説します。
目次
税理士に対する損害賠償請求の法律構成
税理士が依頼者から損害賠償請求をされる場合、通常、「債務不履行責任」あるいは「不法行為責任」に基づいて行われます。そこで、税理士の損害賠償責任の法的根拠について解説します。
債務不履行責任
民法第415条は、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」と規定します。債務不履行責任に基づく損害賠償請求は、この規定に基づくものです。
「債務の本旨に従った履行をしないとき」とは、法律の規定、契約の趣旨、取引慣行、信義誠実の原則等に照らして適当な履行をしないことです。
契約の内容に関しては、契約自由の原則により、税理士と依頼者との間で自由に取り決めることができます。多くの場合は、税理士法第2条第1項所定の業務を行う旨の契約が締結されています。
この点、最高裁昭和58年9月20日判決は、「本件税理士顧問契約は、被上告会社が、税理士である上告人の高度の知識及び経験を信頼し、上告人に対し、税理士法二条に定める租税に関する事務処理のほか、被上告会社の経営に関する相談に応じ、その参考資料を作成すること等の事務処理の委託を目的として締結されたというのであるから、全体として一個の委任契約であるということができる。」として、税理士と依頼者顧問会社との契約を委任契約であると解釈しました。
委任契約は、「委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。」(民法第643条)とされています。
そして、法律行為ではない事務を委託する場合には、「準委任契約」となり、委任契約の規定が準用されます(民法第656条)。税理士法第2条2項に規定する「財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行」等は、法律行為を委託するものではありませんから、準委任契約ということになります。
なお、税務代理を伴わず、税務申告書の作成のみを委託され、税務申告書の完成に対して報酬が支払われる場合には、「請負契約」と解釈される場合があります。
請負契約は、「請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」(民法第632条)と規定されています。
そして、民法第415条1項但書は、「ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」と規定しています。
債務者、すなわち税理士の責めに帰することのできない事由によって債務不履行が生じた場合は、損害賠償責任は免責されることになります。
不法行為責任
不法行為に基づく損害賠償責任は、民法第709条に規定されている。同条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。
不法行為は、契約関係があってもなくても、一定の要件を満たせば成立するものである。その要件とは、①権利侵害があること、②故意・過失があること、③損害が発生したこと、④行為と結果との間に因果関係があること、です。
(1) 権利侵害があること
税理士に不法行為が成立するためには、依頼者の法律上保護されるべき利益を侵害したことが必要となります。税務申告書に誤りがあり、修正申告を余儀なくされたような場合には、加算税や延滞税が賦課されますが、このような場合には、依頼者の財産権が侵害されたことになります。
しかし、不法行為が成立するのは、財産権侵害に限りません。証明書の添付漏れにより、相続税の納税猶予措置が受けられなかった事例について、東京地裁平成16年3月31日判決(TAINS Z999-0097)は、「享受し得る高度の蓋然性があったと認められる本件納税猶予措置を受けることができなくなり、ひいては、納税免除を受ける可能性のある地位を確定的に喪失させられてしまったのであって、これにより相当な精神的苦痛を受けたと認められ、こうした被告の違法な行為によって原告の被った精神的苦痛に対しては、慰藉料の支払義務を免れない」と判示し、慰謝料100万円を認めました。
また、守秘義務に違反したとして、慰謝料を認めた判例もあります(大阪高裁平成26年8月28日判決、判例タイムズ1409号241頁)。
民法第710条は、「他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。」と規定し、「財産以外の損害」に対する損害賠償を認めており、慰謝料は、精神的損害として、この「財産以外の損害」に含まれます。
(2) 故意・過失があること
「故意」は、「結果の発生を認識しながらそれを容認して行為する」ことです。
「過失」は、「損害の発生を予見し、これを防止する注意義務があるのに、これを怠ること」である。そして、損害の発生についての「予見可能性」と、損害の発生について「結果回避可能性」があることが必要である。損害の発生を予見でき、かつ、その結果を回避できたにもかかわらず、回避しなかった場合に過失が認められる、ということになります。
参考記事:税理士がミスをして損害賠償請求を受けた時の対応を弁護士解説
債務不履行責任の消滅時効
債務不履行に基づく損害賠償請求権は債権であり、債権には、「消滅時効」という制度がある。「消滅時効」は、債権を一定期間行使しない時に、その債権を消滅させる制度です。
2020年4月1日以降に発生した税理士の債務不履行に基づく損害賠償責任の消滅時効は、以下のとおりです。
①債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
②権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
まず、依頼人が税理士に対し、損害賠償請求ができることを知った時から5年で時効消滅し、知らなかったとしても、損害賠償請求権が成立し、請求可能となった時から10年で時効消滅することになります。
2020年4月1日より前に発生した税理士の債務不履行に基づく損害賠償責任の消滅時効は、債権者が権利を行使することができる時から10年間行使しないときです。
ここで、「権利を行使できることを知ったとき」とは、権利行使が期待可能な程度に、当該権利の発生及びその履行期の到来その他権利行使にとっての障害がなくなったことを債権者が知った時をいいます。
「権利を行使することができるとき」とは、権利の行使に法律上の障害がなく、その性質上、その権利行使が現実に期待できる時をいいます(最高裁昭和45年7月15日判決)。
不法行為責任の消滅時効
不法行為に基づく損害賠償請求権にも消滅時効制度が設けられています。民法第724条は、「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と規定していいます。
債務不履行の短期は5年であるのに対し、不法行為の時効が3年と短期となっています。
消滅時効の起算点は、「損害及び加害者を知った時」です。この解釈について、最高裁昭和48年11月16日判決は、「『加害者ヲ知リタル時』とは・・・加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当であり、被害者が不法行為の当時加害者の住所氏名を的確に知らず、しかも当時の状況においてこれに対する賠償請求権を行使することが事実上不可能な場合においては、その状況が止み、被害者が加害者の住所氏名を確認したとき、初めて『加害者ヲ知リタル時』にあたる」と判示しています。
そして、被害者が損害及び加害者を知らなかったとしても、不法行為の時から20年を経過したときは、不法行為に基づく損害賠償請求権が消滅します(民法第724条)。
債務不履行の長期が10年であるのに対し、不法行為の長期は20年と長期となっています。
消滅時効の完成猶予及び更新
消滅時効制度は、一定期間権利を行使しない時に効力を生じますが、ある一定事由が生じた場合には、消滅時効の完成が猶予され、又は、時効が更新して再度0から新たに消滅時効が進行を始めることがあります。
これは、時効の「完成猶予」「更新」の制度です。
裁判上の請求等による時効の完成猶予と更新
次の事由がある場合には、その事由が終了するまでの間は、完成猶予により時効は完成しません(民法第147条1項)。
但し、確定判決または確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合は、その終了の時から6ヶ月を経過するまでの間は、時効は完成しません。
①裁判上の請求
②支払督促
③裁判上の和解、民事調停、家事調停の申立
④破産手続参加、再生手続参加、更生手続参加
そして、確定判決または確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、消滅時効は、更新により、その事由が終了した時から新たに(0から)進行を開始します。
例えば、依頼者が税理士に対し、裁判を起こすと、時効が完成しないこととなり、勝訴判決が確定すれば、その時から時効が新たに進行する、ということです。
強制執行等による時効の完成猶予と更新
次の事由がある場合には、その事由が終了するまでの間は、完成猶予により時効は完成しません(民法第148条1項)。
但し、申立の取下げまたは法律の規定に従わないことによる取消によってその事由が終了した場合は、その終了の時から6ヶ月を経過するまでの間は、時効は完成しません。
①強制執行
②担保権の実行
③形式的競売の申立
④財産開示手続、第三者からの情報取得手続
仮差押え・仮処分による時効の完成猶予
仮差押え・仮処分があったときは、当該事由が終了した時から6ヶ月を経過するまでの間は、時効は完成しません(民法第149条)。
催告による時効の完成猶予
催告があったときは、その時から6ヶ月を経過するまでの間は、時効は完成しません。
たとえば、依頼者が税理士に対して、内容証明郵便で債務不履行を特定して損害賠償請求の意思表示をしたような場合です。
催告を繰り返しても、催告による時効の完成猶予の効力はありませんので、ご注意ください(民法第150条2項)。
協議を行う旨の合意による時効の完成猶予
「権利についての協議を行う旨の合意」が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時期までは、時効は完成しません(民法第151条1項)。
①その合意があった時から1年を経過した時。
②その合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときは、その期間を経過した時。
③当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6ヶ月を経過した時。
この協議を行う旨の合意による時効の完成猶予を繰り返すことはできますが、5年を超えることができません。
承認による時効の更新
債務者が依頼者の損害賠償請求権を承認したときは、その時から時効は新たに進行を開始します(民法152条1項)。
税理士の側が、損害賠償債務を認める書面を出したり、示談金を支払う旨の和解案を出したり、損害賠償金の一部の支払いをするような場合です。
・弁護士による税理士損害賠償SOS
弁護士法人みらい総合法律事務所では、税理士損害賠償のご相談を受け付けています。