顧客が税理士に対し、依頼者の役員や従業員が不正経理や横領したことについて、税理士は会計上の不正行為の有無を調査・発見して不正行為があった場合にはこれを会社に報告する義務があるのにこれを怠ったとして、不正行為によって会社が被った損害について損害賠償請求をされる事例があります。
これが税理士の「不正行為調査義務」に関する税理士損害賠償事例です。
本稿では、税理士の不正行為調査義務について裁判例を紹介しつつ解説します。
目次
税理士の不正発見義務とは
顧客が税理士に対し、税理士が不正発見義務を怠ったとして、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求をする事例があります。
この場合、顧客である原告は、次のように主張します。
(1)税理士は、顧問契約に基づき、財務諸表や税務申告書類を作成するに当たって、税務の専門家としての高度な善管注意義務を負担していることから、不正行為の有無を調査・発見して不正行為があった場合にはこれを会社に報告するのは、税理士と顧客との顧問契約に基づ善管注意義務あるいは付随義務である。
(2)税理士法1条及び41条の3の趣旨に照らせば、税理士は、自らの専門知識や技能に基づいて、依頼者である原告の要望内容が適切か否かについて、調査・確認すべき義務(調査確認義務)、さらには、原告の要望や報告内容に不足や不審な点があればこれを明らかにし、不適切な要望は改めるよう助言・指導して適正な申告書を作成するべき義務(助言指導義務)をも負っていたと考えるべきである。
税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそつて、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。
税理士は、税理士業務を行うに当たつて、委嘱者が不正に国税若しくは地方税の賦課若しくは徴収を免れている事実、不正に国税若しくは地方税の還付を受けている事実又は国税若しくは地方税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の全部若しくは一部を隠ぺいし、若しくは仮装している事実があることを知つたときは、直ちに、その是正をするよう助言しなければならない。
一般的に税理士が受任するのは、税務代理・税務書類の作成・税務相談という税理士の独占業務であり、この他に、記帳代行業務などを受任する場合もあります。
これらの契約によって税理士に委任されるのは、税理士の本来業務及び付随業務であって、顧客の財産の保全や不正発見等が委任の本旨になるものではないため、特に財産調査や不正発見義務が契約の内容になってなければ、善管注意義務の内容として、被告が、一般的に、不正を発見し、顧客に報告すべき義務は導かれません。
また、安易に職員等の不正の疑いを顧客に報告することは、かえって当該不正行為を行ったと疑われた者に対する名誉毀損等の問題すら生じかねないので、不正発見義務を認めることには慎重にならざるを得ないといえます。
そこで、過去の裁判例において、税理士の不正発見義務がどのように争われ、判断されたかを解説していきます。
会社代表者の横領発見義務の税賠事例
東京地裁令和2年2月20日判決です。
事案
原告は、ソフトウェアの開発・販売、ソフトウェアの開発のコンサルティング等を業とする株式会社である。Aは、原告が設立された平成15年4月から平成29年10月まで原告の代表取締役を務めていた者であるが、同月3日、自殺した。
被告は、平成15年4月から平成29年11月28日まで、原告の顧問税理士の地位にあり、記帳代行業務も受託していた。
Aは、創業(平成15年4月)の翌年頃から頻繋に数十万円(時には200万円以上)の単位で原告の預金を引き出したが、これらは、いずれもAに対する仮払金として会計処理され、そのほとんどが、各会計年度末(毎年3月末日)付近の日付で、Aが原告の預金口座に戻すのではなく、現金で全額精算(返金)したものとして記帳されてきた。
このような会計処理の結果、平成29年3月末時点において、原告には帳簿上、1億3000万円を超える現金が存在することとされていたが、上記会計処理は架空のものであり、実際には、大半がAによって横領されたものであった。
原告の主張
被告は、本件顧問契約に基づき横領等の不正を報告し、原告の要望内容が適切か否かについて調査確認し、原告の要望や報告を漫然と受け入れることなく原告の要望や報告内容に不足や不審な点があればこれを明らかにし、不適正な要望は改めるよう助言・指導して適正な申告書を作成する義務を負っていたのに、これを怠った。
判決
裁判所は、税理士の善管注意義務違反を認めず、税理士勝訴判決をしました。
理由としては、
(1)顧問契約書の業務内容の定めから、会計書類及びその作成過程から把握される不審点を調査確認する義務があると解することはできないこと、
(2)税理士法2条2項に定める財務に関する事務の中に、公認会計士法2条1項に定めるような「財務書類の監査又は証明」業務や、その業務の前提として行うべき不正や誤謬があり得ることを念頭においた監査や指導業務が含まれていると一般的に解することはできないこと、
などがその理由です。
ポイント
税理士に不正発見義務があるかどうかは、過去にも争われていますが、この点は、一般的に義務があるかどうかではなく、あくまでも具体的事案において、それが契約内容になっているかどうかで判断されます。
「税理士に不正発見義務はない」と安心しないようにしていただきたいと思います。
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本判決のポイントとしては、税理士の業務契約書があり、契約書の中に、業務内容が明確に記載されていたこととなります。
契約書がある場合には、当事者間では、その契約書に記載された内容で合意されたことが推認されます。
それ以上の義務を認定するには、特別な事情が必要となる、ということです。
この事案からも、税理士の契約書の重要性がご理解いただけると思います。
従業員の不正発見・報告義務で税賠
東京地裁平成28年5月18日判決です。
事案
依頼者は、診療所を開設するに当たり、税理士と顧問契約を締結しましたが、契約書は締結しませんでした。
税理士は、本件顧問契約に基づく業務として、現金出納帳及び合計残高試算表の作成、毎年の決算処理、総勘定元帳及び決算書の作成、依頼者の所得税の確定申告業務及び消費税の確定申告業務を行っていました。
診療所の従業員Aは、税理士に対し、平成21年5月15日、本件診療所における3000万円を横領したことを告白しましたが、税理士は、これを直ちに依頼者に報告しませんでした。
後の後、Aは、依頼者に対し、同月22日、横領したことを伝えました。
そこで、依頼者は、税理士に対し、依頼者が雇用していたAの横領につき、税理士が、会計上の不正行為の有無を調査しなかったことまたは会計上の不正行為が疑われる事実を報告しなかったことが、税務顧問契約上の債務不履行になるとして、損害賠償を請求しました。
判決
東京地裁平成28年5月18日判決は、依頼者の請求を棄却しました。税理士勝訴です。
裁判所は、本件顧問契約において委任されたのは、税理士の本来業務及び付随業務であって、本件診療所の適正な運営、委任者である依頼者の財産の管理や保全が委任の本旨になるものではないから、不正調査義務や報告義務はない、と判断しました。
ポイント
ただし、安心はできません。
税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とします(税理士法第1条)。
それゆえに、税理士が故意または相当の注意を怠って真正の事実に反して税務代理若しくは税務書類の作成をしたときは、懲戒処分を受けることになります(同法第45条参照)。
ということは、不正行為ということではなく、税理士業務を行う上で、資料や事実関係の調査を怠って不正を見落としたような場合には、不正行為発見義務ということではなく、税理士業務における善管注意義務違反として、損害賠償責任が発生する可能性がある、ということになるでしょう。
裁判例を読むときは、その事例における結論だけでなく、多面的に考えることが大切ですね。
・弁護士による税理士損害賠償SOS
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