消費税法では、基準期間における課税売上高が1000万円の免税事業者が課税事業者となることを選択できる制度や基準期間の課税売上高が5000万円以下の事業者がその選択によりみなし仕入率を用いて控除対象仕入税額を計算する簡易課税制度があります。
これらの選択如何によって消費税額が異なり、納税者に有利にも不利にもなります。
納税者としては、当然、消費税額をできる限り抑え、あるいは還付税額を高額にしたいと考えています。
ところが、課税形態や簡易課税の選択を誤り、または届出書の提出をしないことにより不利な方を選択してしまい、納税者に損害が発生する場合があります。
このような場合に、納税者がその損害発生の原因が税理士の判断、助言、提出失念などのミスにより生じたと考えた場合には、税理士に対して損害賠償請求をすることがあります。
この場合、税理士に損害賠償責任が発生するのかどうか、裁判例を紹介しつつ解説します。
目次
消費税における税理士損害賠償事例
税理士職業賠償責任保険では、毎年、支払保険金が公表されており、税目別件数及び金額も公表されています。
その税目別件数では、毎年、消費税に関する保険金の支払いが最も多いという結果となっています。
それだけ消費税の業務においては、税理士のミスが発生しやすい、ということになります。
消費税法では、基準期間における課税売上高が1000万円の免税事業者が課税事業者となることを選択することができます。
例えば、多額の仕入れが発生するような場合には、免税事業者であっても、課税事業者となることにより、多額の仕入税額控除を受けることにより、税金の還付を受ける方が得な場合があります。
このような場合には、免税事業者であっても課税事業者を選択したいところです。
しかし、そのためには、課税事業者選択届書を原則として、「課税期間開始前」に提出することが必要となります。
この結果、課税事業者選択届出書を提出した方が有利だったのに、届出をしなかった場合に、納税者である依頼者に損害が発生した、として税理士損害賠償問題に発展することがあります。
このようなケースでは、
・税理士に課税形態の選択に関する助言義務があったか。
・助言義務があるとして助言をしたかどうか。
・税理士が届出をすべき義務があったかどうか(届出を依頼されたかどうか)。
などが論点となります。
次に、基準期間の課税売上高が5000万円以下の事業者がその選択によりみなし仕入率を用いて控除対象仕入税額を計算する簡易課税制度があります。
そのような事業者が簡易課税制度を利用した方が得だったにもかかわらず、簡易課税選択届書を提出しなかった場合に、納税者である依頼者に損害が発生した、として税理士損害賠償問題に発展することがあります。
この場合も、原則として、「課税期間開始前」に提出することが必要となります。
また、反対に、本則課税の方が得だったのに、簡易課税選択届書を提出してしまった、というケースもあります。
このようなケースでも、課税形態の選択のような論点が発生します。
また、簡易課税を選択した場合には、事業区分によってみなし仕入率が異なることから、この事業区分を誤ることにより過少申告となり、過少申告加算税、延滞税等の損害が発生する場合もあります。
さらに、控除税額の計算方法として、個別方式、一括比例配分方式というものがあり、この選択判断を誤るミスにより、損害賠償請求に発展することもあります。
それぞれまた、一旦選択をすると、原則として、2年間取りやめることができません。
以上のようなケースにおいて、過去の裁判例で、どのように争われ、どのように判断されたのか、実際の裁判例を紹介しながら、解説をします。
参考記事:税理士がミスをして損害賠償請求を受けた時の対応を弁護士解説
裁判例の解説
個別対応方式と一括比例配分方式で税理士損害賠償
東京地裁平成15年11月28日判決(Z999-0099)です。
(事案)
被告は、税理士として、原告から、平成7年度から平成12年度まで原告の法人税、消費税等の申告業務について委任を受け、確定申告を行った。
原告は、平成11年度まで、消費税等の確定申告において、課税売上割合が95パーセント以上であったので、控除税額は全額控除方式によって計算していた。
被告は、平成13年4月2日に原告の平成12年度の消費税及び地方消費税の確定申告をした際、課税売上割合が95パーセント未満(94.9パーセント)であったが、原告に対して説明・問い合わせをすることなく、控除税額の計算方法として一括比例配分方式を選択したので、平成13年度(平成13年2月1日~平成14年1月31日)の申告においても一括比例配分方式が強制適用されることとなった。
原告は、平成13年2月9日、所有不動産を21億5000万円で売却した。
原告は、平成13年度の申告において、一括比例配分方式を選択して申告をしたため、個別対応方式で申告した場合に比べ、1367万4100円多く納税せざるを得なかった。
(判決)
被告は、原告の債権者である整理回収機構から原告が不動産の売却を求められていることを知っていた。
原告は、消費税及び地方消費税の計算方式について、個別計算方式と一括比例配分方式を選択できる場合があり、選択方法によって税額が異なる場合があることを平成12年度申告時まで知らなかったし、被告税理士は一切説明しておらず、不動産売却について問い合わせもしなかった。
被告が平成12年度申告の際に原告に説明、問い合わせをしていれば、原告が本件不動産を売却していたことが伝えられ、消費税額を少なくするために個別対応方式が選択されたことは明白である。
⇒説明義務違反がある。(税理士敗訴)
これに対し、税理士は、
被告は、平成12年度の課税売上割合が94.9パーセントであり、わずか0.1パーセントのために膨大な区分作業を行うことは費用対効果の観点から、常識では考えられない、と主張しました。
しかしは穴は、自らの事務を軽減するために簡便な方式を選択する場合には、その旨を委任者である原告に説明すべきであり、これを怠っている以上、被告の主張には理由がないとしました。
但し、3割の過失相殺がされています。
(ポイント)
税務では、複数の選択肢がある場面が多いですが、その際、有利不利の説明を怠り、税理士損害賠償となるケースがあります。
過去の裁判例では、税理士が複数の選択肢がある場合には、依頼者に最も有利な方法を選択しなければならないという有利選択義務が繰り返し判示されています。
また、依頼者と協議の上、不利な方法を選択する場合があると思いますが、その場合には、合理的でないため、後日、争いになった時、証拠がなければ税理士の説明と依頼者の承諾を証明することは困難です。
しっかりと証拠を残すようにしましょう。
課税事業者選択届出書不提出で税理士損害賠償(税理士勝訴)
東京地裁平成15年5月21日判決(TAINS Z999-0069)をご紹介します。
(事案)
・原告会社はその所有する賃貸用ビルの建て替えを行った。
・顧問契約を締結していた公認会計士は、「課税事業者選択届出書」を提出しなかった。
・原告会社は、公認会計士が、当該届出書を提出していれば消費税の還付を受けられたはずだとしての債務不履行に基づき損害賠償を請求した。
(判決)
・本件顧問契約は、公認会計士である被告の専門的な資格に基づく事務処理を目的としたものではあるが、被告の主張するとおり、原告の法人税・事業税の確定申告及びその前提となる決算処理を目的としたものであった。
・原告から関係する資料の提供を受けてその選択の適否についてまで相談を受けたという場合であれば格別、各事業年度の決算処理及び確定申告に係る事務処理をもっぱら目的とした本件顧問契約が締結されていたにとどまる本件事案においては、被告が、原告に対し、進んで課税事業者となるよう指示し、必要な資料の提供を求め、選択届出書を原告を代理して自ら提出し、あるいは、原告にその提出を促すまでの義務があったということはできない。
・本件で問題となっている消費税の取扱いは、事業者であれば、賃貸用ビルの建替え以前に、そもそも当該事業に伴い、消費税が課税される事業者であるのか、その課税を免れる小規模事業者であるのか、それまでの課税の有無からして、自らの消費税法にいう事業者その建替えに際しても、その後の採算性、事業展開を検討する過程で、税金対策として、当然に考慮に入れていたはずで、かつ、その程度の税務知識であれば、自らが免税事業者であることの認識があれば、専門家の指導・助言を求めるまでもなく、これを持ち合わせているのが一般的であって、被告から敢えて指導・助言を求めなければ分からないというような次元の問題ではない。
(ポイント)
本件では、課税事業者か免税事業者かの判断は納税者が当然にできる、というニュアンスで判決が書かれていますが、裁判所が常にそのような判断をしてくれるわけではありません。
「課税事業者と免税事業者とどちらが有利かは、税務の専門的知識を有する税理士から助言を得なければ正確に判断できない」と判断される可能性もあります。
したがって、消費税法に大きく影響を与える事象を行う場合には、依頼者の方で、税理士に対して情報提供をする義務を負担させるよう契約書に記載しておく方が安全です。
消費税の業種判断の誤りで税理士損害賠償
東京地裁平成13年10月30日判決(TAINS Z999-0059)です。
(事案)
●依頼者は、衣料用繊維製品及び服飾雑貨アクセサリーの企画及び製造、販売等を主たる業とする会社です。
●依頼者の業種は、製造業ないしは加工業に該当するにもかかわらず、税理士は、卸売業だと判断しました。
●税理士は、税務代理業務として、税務署長に対し、消費税簡易課税制度選択届出書を提出しました。
●依頼者は、税理士が消費税課税制度を選択するに当たり、依頼者の業務形態を十分に調査しないまま簡易課税制度を選択させた行為により、一般課税制度を選択した場合に比べて損害を被ったとして損害賠償請求をしました。
(裁判所の判断)
<一般論>
●税理士としては、消費税法37条1項に規定された簡易課税制度を選択すべきかどうかを判断するに当たっては、顧客からの事情聴取や調査等を行い、事実関係を把握する必要があり、特に先に述べたとおり、簡易課税制度においては、課税売上をいくつかの業種に分類した上で、それぞれに対して異なるみなし仕入率が適用されることに鑑みれば、簡易課税制度の採用が納税額を減少させるか増大させるかの検討のため当該事業者の課税売上が属する業種や、実際の仕入率について十分
な調査を遂げる必要があるというべきである。
<当てはめ>
●税理士は、依頼者の課税売上が属する業種を判断するに当たり、依頼者が小売りを行わず、工場を有しておらず、自社では製造を行わないという依頼者代表者からの事実聴取の結果や、若干の仕入先を調査した結果、主たる依頼者の業務を卸売業と判断したものであるが、
●依頼者の業務内容は、その大要は原材料を購入してあらかじめ指示した条件に従って下請に出し、あるいは半製品を下請けに仕上げさせることにより製品を製造し、完成品を業者や商社に販売するもので、製造業又は加工業に区分されるものであり、このことは少し時間をかけて取引先の請求書や売上台帳を点検したり、依頼者に対する質問や調査を行えば容易に判明し得たものと認められるから、税理士の行った調査及び主たる依頼者の業務を卸売業と判断した行為は、不十分かつ不適切なものであったといわざるを得ない。
(ポイント)
税理士は、簡易課税を検討するにあたり、業種を判断すべく、代表者に対して事情聴取をし、かつ、若干の仕入れ先を調査していますが、裁判所はそれでは不十分とし、時間をかけて請求書や売上台帳を調査するとともに質問調査をすべきである、と判断しています。
消費税の選択については、依頼者に確認書類を徴求するなど一手間かけることも検討してよいのではないでしょうか。
課税選択の助言義務違反で税理士損害賠償(税理士勝訴)
今回は、税理士が損害賠償を請求され、税理士の業務範囲が問題となった裁判例をご紹介します。
東京地裁平成24年3月30日判決(判例タイムズ1382号152頁)です。
(事案)
●Xは、映画の製作等を目的とする株式会社であり、税理士Yと顧問契約を締結した。
●Xは、映画を製作して、在庫として映画DVDを在庫として有していた。
●Xは、設立時の資本金の額が2万円であったため、第1期は免税事業者、第1期中に資本金の額を3602万円に増加させたため、第2期は課税事業者となった。
●Xは、第3期は、その基準期間である第1期に課税売上げがなく、かつ、第2期末までに本件届出書を提出しなかったため、免税事業者となった。
●Xは、Yが消費税法上の課税事業者選択届出の提出に関する指導、助言等の義務を怠ったことから、Xは第2期事業年度の消費税等の計算において、期末に在庫として有していた棚卸資産について仕入控除を受けられなかったと主張して、Yに対し、債務不履行に基づき、仕入控除を受けられていた場合に得られていたとする還付金相当額1594万6930円の損害を求めた。
(裁判所の判断)
●本件顧問契約において、契約書上の委任業務の範囲は、税務代理及び税務書類の作成、税務調査の立会、税務相談、会計処理に関する指導及び相談、財務書類の作成、会計帳簿の記帳代行と定められており、Xの税務に関する経営判断に資する助言、指導を行う旨の業務(いわゆる税務に関する経営コンサルタント業務)まで含むとは定められていない
●YによるXの定期訪問が予定されていない
●XはYに対して委任業務の遂行に必要な資料等を提供する責任を負うものと定めている●顧問報酬は月額2万円と比較的低廉である
→これらの事情からすれば、Yが本件顧問契約上なすべき業務は、基本的に契約書に明記された上記の税務代理や税務相談等の事項に限られる
→税務相談としてXからの税務に関する個別の相談又は問合せがない限り、Yにおいて、Xに対し、Xの業務内容を積極的に調査し、又は予見して、Xの税務に関する経営判断に資する助言、指導を行う義務は原則としてない
(ポイント)
他の論点もありますが、割愛します。
この裁判例から学べることは、税理士の業務範囲が争点となるときは、契約書の記載が重視される、ということです。
●契約書を必ず締結し、
●業務範囲を明記し、
●資料提供等の責任分担を明記する
ことによって、税理士を守ることができます。
改めて、契約書を見直してみることをおすすめします。
消費税課税事業者選択届出書の助言義務で税理士損害賠償(税理士勝訴)
東京地裁平成20年11月17判決(TAINS Z999-0135)です。
(事案)
原告は、平成16年12月1日に設立された、米の販売・加工等を目的とする株式会社です。
原告と被告税理士は、は、平成18年1月13日、以下の内容の税務顧問契約を締結しました。
【業務内容】
(ア) 税理士法に定める業務及び会計業務
(イ) 前項の業務遂行のため必要とする関連業務
【報酬】
(ア)顧問料月額2万円
(イ)決算報酬年額合計30万円
【特約】
「定期訪問なし。税務上の問題につきましてはお電話にてお問い合わせ下さい。」「問題解決のため、資料作成、調査等が必要となる場合には、別途料金が発生いたします。」
原告の消費税の課税売上高は、第1期、第2期とも1000万円未満であったため、第1期間を基準期間とする第3期は、自動的に消費税免税事業者となるものでありました。
原告は、平成17年6月に、資本金を3000万円から24億円に増やし、その後、多額の広告宣伝費を支出しましたが、消費税課税事業者選択届出書は提出していませんでした。
そこで、原告は、被告には、消費税課税事業者選択届出制度について、原告に助言する義務があるのにこれを怠ったため、原告は消費税課税事業者選択届出書を提出して消費税課税事業者となることができず、消費税の還付を受けることができなかったと主張して、債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、還付金及び弁護士費用相当額の合計3687万0960円等の支払を求めました。
(判決)
本件契約書の「顧問料」「概要・根拠」の欄には、「定期訪問なし。税務上の問題につきましては、お電話にてお問い合わせ下さい。」と記載されているところ、この文言は、本件契約は、被告が原告を定期訪問せず、原告から税務相談があった場合には電話で対応するという内容のものであるから、被告としては、原告から相談がない限り、助言ないしそのための情報収集をすることはないことが定められているものと解する
被告は、本件において、原告の第1期の決算業務を行っており、原告が課税事業者選択届出書を提出して課税事業者とならない限り、第3期には、自動的に免税事業者となることを知っていたと認められるから、被告としては、原告が本件制度の存在を知らないこと又は失念していることを認識した場合はもちろん、被告がそのことを容易に認識し得るような場合には、被告は原告に対し、本件制度の存在を説明する義務を負うと解するのが相当であり、また、原告が本件制度を実際に知っていたか否かにかかわらず、原告が本件届出書を提出して課税事業者となった方が課税上有利になる可能性があることを本件届出書提出期限までに認識し、又はそのことを容易に認識し得た場合も、被告は原告に対し、本件制度について注意を喚起する義務を負う
原告には、相当程度の税務知識があったと考えることが自然であることに加え、本件制度は事業者であれば知っておくべき基本的知識といえるものであることも考え合わせると、原告が本件制度を知らないこと又は失念していることを被告が認識していたと認めることはできず、また、被告がそのことを容易に認識し得たということもできない。そうすると、被告は原告に対し、本件制度の存在を説明する義務を負っていたと認めることはできない。
被告は、本件届出書提出期限までに、原告が第3期以降に多額の広告宣伝費を支出する可能性があることを認識し得たということができるが、原告の広告宣伝費は、平成18年2月までは毎月2000万円程度ずつ発生していたところ、同年3月に急激に増加して4億8808万3541円となったものであり、被告がその明細を受け取ったのは本件届出書提出期限後であったことからすると、被告は、本件届出書提出期限までに、原告が第3期において具体的にどの程度の広告宣伝費を支出することになるかについてまで認識していたと認めることはできない。
したがって、被告は、本件において、本件届出書を提出して課税事業者となった方が課税上原告に有利になる可能性があることを本件届出書提出期限までに認識し、又はそのことを容易に認識し得たとまでは認められないから、原告に対し、本件制度について注意を喚起すべき義務を負うと解することはできない。
(ポイント)
本件では、契約書の記載が取り上げられています。
消費税の助言義務は、税理士は、積極的に調査や情報収集して依頼者のために助言をする義務があるかどうかが争われることが多いです。
この場合、契約書があれば、その記載が重視されます。
今回も、契約書に「定期訪問なし。税務上の問題につきましては、お電話にてお問い合わせ下さい。」と記載されてあったことから、税理士の義務が受動的な義務にとどまるものと認定されています。
したがって、税理士が契約をする時は、必ず契約書を締結することとし、契約書には、法的な義務として負担するもののみを限定的に記載することをおすすめします。
・弁護士による税理士損害賠償SOS
弁護士法人みらい総合法律事務所では、税理士損害賠償のご相談を受け付けています。