税務調査において、事前通知がなく無予告で租税職員が顧問先に調査のため臨場する場合があります。
この時、税理士としては、無予告調査に対して抗議する場合があります。
しかし、対応を間違えてしまうと、顧問先に損害が発生し、税理士に対する損害賠償に発展してしまうケースがあります。
ここでは、その理由について、裁判例をご紹介しながら解説します。
目次
無予告調査と調査拒否
税理士が、事前通知なしに行われた税務調査に対し、事前通知しない理由を問いただし、理由を開示しないことを理由として税務調査を拒否した結果、帳簿書類を保存していないとして、仕入税額控除否認あるいは青色申告承認取消処分を受けることがあります。
平成23年の国税通則法の改正により、原則として税務調査の事前通知が義務付けられましたが、例外的に事前通知なしに税務調査を行うことを定めています。
国税通則法第74条の10です。
「前条第一項の規定にかかわらず、税務署長等が調査の相手方である同条第三項第一号に掲げる納税義務者の申告若しくは過去の調査結果の内容又はその営む事業内容に関する情報その他国税庁等若しくは税関が保有する情報に鑑み、違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれその他国税に関する調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合には、同条第一項の規定による通知を要しない。」
事前通知なしの無予告調査に対し、国税通則法74条の10の要件該当性の理由を問いただすことは特段問題はありません。
この場合、租税職員が事前通知をしなかったことについて理由を開示するかどうかに関する国税庁の見解は、税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)において、次のように説明されています。
また、事前通知をしないこと自体は不服申立てを行うことのできる処分には当たりませんから、事前通知が行われなかったことについて納得いただけない場合でも、不服申立てを行うことはできません。
また、事前通知なしに行われた調査に対して、調査理由を開示しないことは違法であるとの原告の主張に対し、熊本地裁平成15年11月28日判決(TAINS Z253-9478)は、「調査理由の開示については、納税者に対して具体的に開示することは法律上の要件とされておらず」と判示しています。
したがって、租税職員から事前通知をしなかった理由が開示されない場合には、いつまでもその理由の開示に固執したり、税務調査を拒否していると、帳簿書類を保存していないとして、仕入税額控除否認及び青色申告承認取消処分を受ける可能性があるので注意が必要である。
このようなケースにおいて、税理士としては、「無予告調査の理由を問いただしていただけだ」と主張すると思われますが、数ヶ月間もの間、無予告調査の理由を問いただし続けることの合理的根拠を提示できなければ、調査拒否と判断される可能性が高まりますので、ご注意ください。
そして、調査拒否と判断された場合は、帳簿が適法に保存されていないとして、仕入税額控除否認、青色申告承認取消処分がされる可能性があります。
税務調査において、帳簿提示を拒否した事案で、青色申告承認取消処分をした事例の最高裁平成17年3月10日判決(TAINS Z255-09954)は、次のように判示しています。
「法人税法126条1項は、青色申告の承認を受けた法人に対し、大蔵省令で定めるところにより、帳簿書類を備え付けてこれにその取引を記録すべきことはもとより、これらが行われていたとしても、さらに、税務職員が必要と判断したときにその帳簿書類を検査してその内容の真実性を確認することができるような態勢の下に、帳簿書類を保存しなければならないこととしているというべきであり、法人が税務職員の同法153条の規定に基づく検査に適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて当該帳簿書類を保存していなかった場合は、同法126条1項の規定に違反し、同法127条1項1号に該当するものというべきである。」
参考記事:税理士がミスをして損害賠償請求を受けた時の対応を弁護士解説
税務調査対応で税理士損害賠償になった裁判例
税務調査の拒否による仕入税額控除否認で税理士損害賠償事例
千葉地裁令和3年12月24日判決です。(税理士敗訴)
(事案)
原告はパチンコ店を営む株式会社である。
原告と被告税理士は税務顧問契約を締結した。
東京国税局は、原告に対し、平成26年2月4日、事前通知なく原告店舗等に臨場した。
被告は、事前通知を要しない理由を説明することができない調査は違法であるとして退去を求めた。
被告は、その後も調査の拒否を続け、国税局担当者から「今後も帳簿書類の提示がなければ、法人税法127条1項1号に規定する帳簿の備付け等が法令の規定に従って行われていないものとして、青色申告の承認の取消処分の対象となる場合があり、消費税の仕入税額控除を否認せざるを得ない場合もある。」旨記載された連絡票を受け取ったが、調査拒否の対応は変わらなかった。
平成27年6月5日に税務署は、消費税の仕入税額控除を否認した消費税の更正処分等の通知書を発送した。
原告は、被告税理士に対し、損害賠償請求をした。
(被告税理士の主張)
被告は、本件担当者に対し、本件調査への協力や帳簿等の提示を拒否したものでなく、質問調査を行う法的根拠を確認していたにすぎず、本件調査に対する対応について、被告に税務代理委任契約上の善管注意義務違反及び指導助言義務違反はない。
(判決)
被告は、原告の税務代理人として、本件調査に対する対応を行うに当たり、本件担当者から、本件各連絡票の送付を受け、その求めに応じなければ、青色申告の承認の取消処分を受け、消費税の仕入税額控除を否認されるおそれがある状況となり、後にはそのような重大な不利益処分がされる可能性があることが明示された。
それにもかかわらず、本件調査が原告に対する事前通知を行うことなく開始されたことの違法を主張して本件調査に応ずることを拒否するというそれまでの方針を維持することの可否について、課税当局の対応見込みを踏まえて原告(X2)と真摯に検討することがないまま、最後まで、本件調査が原告に対する事前通知を行うことなく開始されたことの違法を主張して本件調査に応ずることを拒否するという自らが立てた方針に拘泥し、その方針に基づいた対応をとった。
被告は、他人から税務代理を受任した税理士が負う義務に違反し、原告は、そのことによって、帳簿書類を提示し税務調査に応ずる機会を失い、本件各更正等を受けるに至ったと認めることができるから、被告に対し、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
税務調査対応による青色申告承認取消で税理士損害賠償事例
東京地裁平成19年11月30日判決です(税理士敗訴)。
(事案)
原告と被告税理士は、平成11年秋ころに税務顧問契約を締結した。
税務調査において、平成12年7月期及び平成13年7月期で多額の否認を受け、税務署から経理改善要請があった。
その後の税務調査で、平成14年7月期にも売上計上漏れ、過大仕入れ計上、給与過大計上、預かり金収益振替忘却等があり、青色申告承認取消処分を受けた。
原告が被告税理士に対し、損害賠償請求をした。
(判決)
原告が被告に対し、売上に関する会計基礎資料である売上伝票を送付していたにもかかわらず、被告において、売上伝票の数字を正確にパソコンに入力せず、その結果、売上計上漏れとして443万2093円につき、否認されることになった。
少なくとも税理士としての善管注意義務に違反した過失がある
被告は、原告から領収書の貼り付けられたファイルの送付を受けながら、これを紛失したことから、これを隠すため、原告に無断で広告宣伝費を架空の仕入額として振り分け、毎月架空の仕入額を総勘定元帳にデータ入力していたものと推認するのが相当である。
したがって、被告がした架空仕入額の計上は、税理士としての善管注意義務に違反することが明らかである。
原告代表者の父に対する給与を減額するよう原告を指導すべき義務があったのにこれを怠り、平成14年7月期の確定申告手続において、過大な給与をそのまま計上したものであって、これが税理士としての善管注意義務に違反することは明らか。
被告がこの受領金を収入に計上しなかったのは、被告のデータ入力の誤りによるものである。
被告が平成14年7月期の確定申告手続において、ホストからの受領金を適切な勘定科目に計上しなかったことについて、被告には、税理士としての善管注意義務に違反した過失があるといわざるを得ない。
被告が税理士としての善管注意義務に違反することなく適正に平成14年7月期の原告の確定申告手続を行っていれば、原告が本件青色申告承認取消処分を受けることはなく、修正申告による重加算税、延滞税を課税されたり、増加された本税を納付する必要もなかったものである。
(ポイント)
税理士損害賠償の問題としては、当然の結論ですが、青色申告承認取消が適法かどうかは別問題です。
横浜地裁平成17年6月22日判決は、次のように判示しています。
内容、程度、更にはその者の納税申告に係る信頼性の破壊の程度等を総合的に考慮して、それが真に青色申告による納税申告を維持させるにふさわしくない内容、程度に達しているものといえるかどうかという観点からこれをすべきもの。
原告に係る帳簿書類の備付け、記録の状況が同条1項1号に該当するものであったとしても、そのことのみを根拠として、直ちに本件青色申告承認取消処分が被告の合目的的かつ合理的な裁量に委ねられた範囲内にあるものであることを基礎づけることはできない。
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つまり、税理士は杜撰な処理をしていましたが、本件で、原告自身は資料を税理士に送付していたのであり、別の税理士に変更すれば、適正に帳簿書類を備付けができる可能性があります。
したがって、納税者本人について、青色申告による納税申告を維持させるにふさわしくない内容、程度に達していたのかどうか、国税不服審判所や裁判所の判断をあおぐことも検討してよいのではないか、ということです。
もし、青色申告承認取消処分が取り消されれば損害が減額します。
また、税理士損害賠償訴訟でも税理士側は上記主張をすべきだったのではないか、と思います。
・弁護士による税理士損害賠償SOS
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