税理士職業賠償責任保険とは、税理士または税理士法人が税理士の資格に基づいて行った業務に起因して損害賠償請求を受け、法律上の賠償責任を負担したことにより被る損害に対して保険金を支払う保険です。
税理士がミスをして依頼者その他の第三者に損害を与えた場合、税理士に損害賠償責任が発生することがありますが、税理士に損害賠償責任が発生する全ての場合に保険金が支払われるわけではありません。
そこで、本稿では、税理士に損害賠償責任が発生して税賠保険会社に報告・請求を行ったにもかかわらず、税賠保険会社から保険金がおりない(支払い拒絶)と言われた時の対応について解説します。
目次
税理士職業賠償責任保険とは
税理士職業賠償責任保険の概要
税理士職業賠償責任保険とは、税理士または税理士法人が、税理士の資格に基づいて行った業務に起因して保険期間中に日本国内で損害賠償請求を受け、法律上の賠償責任を負担したことにより被る損害に対して保険金をお支払うものであり、日本税理士会連合会を保険契約者とし、税理士及び税理士法人を保険加入者とする団体契約(毎年7月1日から1年間)です。
被保険者は、以下の者です。
・保険加入者の税理士法人と、社員税理士、使用人である税理士
・保険加入者の所属税理士本人
主契約の他、オプションとして、「事前税務相談業務担保特約」と「情報漏えい・サイバーリスク担保特約」があります。
「事前税務相談業務担保特約」は、主契約の税務相談には該当しない事前税務相談業務による過大納付税額(還付不能税額)・費用損害リスクを補償するものです。
「情報漏えい・サイバーリスク担保特約」は、「情報漏えいまたはそのおそれ」または「コンピュータ使用に起因して発生」による賠償リスク・費用損害リスクと、サイバー攻撃等による対応費用を補償するものです。
主契約と事前税務相談業務担保特約の区別については、たとえば、(1)「既に取得した資産について、特別償却と税額控除のどちらが課税上有利か」というような、すでに課税要件事実発生した後の相談は、主契約の対象となり、(2)「相続税対策のため子供に土地を贈与したいが、いくら贈与税がかかるか」というような課税要件事実発生前の相談は主契約の対象外となり、事前税務相談業務担保特約の対象となります。
税理士職業賠償責任保険には、個人用保険と法人用保険があり、個人用保険の加入率は概ね50%前後、法人用保険の加入率は概ね80%以上となっています。
主契約は、被保険者が保険期間中に損害賠償請求を受けた場合について保険金が支払われます(ミスをした時が保険期間中であるかどうかにかかわりません)。
税理士職業賠償責任保険の主契約の支払い対象となるのは、税理士または税理士法人の過失により、納税者が過大申告・過大納付した事案となり、過少申告・過大還付請求事案は、原則として支払い対象外となっています。
免責金額は、1請求につき30万円です。
税理士職業賠償責任保険から支払われる保険金の内容としては、以下とされています。
・弁護士費用などの争訟費用(引受保険会社の書面による同意が必要)
・他人から損害賠償を受ける権利の保全または行使のため、または既に発生した事故に係る損害の発生・拡大の防止のために支出した必要または有益な費用(引受保険会社の書面による同意が必要)
・事故が発生し、被保険者が損害の防止軽減のために必要な手段を講じた後に賠償責任がないと判明した場合において、被保険者が支出した緊急措置に要した費用およびあらかじめ引受保険会社が書面により同意した費用
・引受保険会社の求めに応じて、引受保険会社への協力のために支出された費用
保険金が支払われない場合(免責事由)
保険金の支払対象とならない事由(免責事由)は多数ありますが、以下の免責事由には、注意が必要です。
②納付すべき税額を過少に申告した場合において、修正申告、更正、決定等により本来納付すべき本税
③還付を受けるべき還付金の額に相当する税額を過大に申告した場合において、修正申告、更正、決定等によっても本来還付を受けられなかった税額もしくは本来納付すべき本税、または還付申告が無効とされた場合において、本来還付を受けられなかった税額もしくは本来納付すべき本税
④②および③に規定する本税または還付を受けられなかった税額に連動して賦課される本税または還付を受けられなかった税額
⑤ 不正に国税もしくは地方税の賦課もしくは徴収を免れたことまたは不正に国税もしくは地方税の還付を受けることにつき、被保険者が指示、相談その他これらに類似する行為をったことに起因する賠償責任
⑥ 被保険者が故意に真正の事実に反して税務代理または税務書類の作成をしたことに起因する賠償責任
⑦ 重加算税または重加算金を課されたことに起因する賠償責任
⑧ 税理士業務報酬の返還にかかる賠償責任
⑨ 遺産分割もしくは遺贈に関する助言または指導に起因する賠償責任
事故発生時の対応
事故が発生した場合(将来、損害賠償請求を受ける可能性があることを知った時を含む)には、以下の対応をする必要があります。
(1)以下の通知を引き受け保険会社に遅滞なく書面で通知すること。
①事故発生の日時、場所および事故の状況ならびに被害者の住所および氏名または名称
②証人となる者がある場合は、その者の住所および氏名または名称
③損害賠償の請求を受けた場合は、その内容
(2)訴訟を提起し、または提起された場合は、遅滞なく当会社に通知すること。
保険金を請求する時の手続
被保険者が保険金の支払を請求する場合は、次の①から⑤までの書類または証拠のうち、引受保険会社がが求めるものを提出しなければなりません。
② 被保険者が損害賠償責任を負担することを示す判決書、調停調書、和解調書または示談書
③ 被保険者の損害賠償金の支払およびその金額を証明する書類
④ 被保険者が保険金を請求することについて、損害賠償請求権者の承諾があったことおよびその金額を証明する書類
⑤ その他
実務的には、この他にも様々な書類の提出を要求されることがあります。
支払いを承認されるまでに、数ヶ月から1年以上を要することもあります。
保険金がおりないと言われた時の対応
保険金を請求し、それが支払わればいいのですが、保険金がおりないと言われることがあります。
保険金が支払われるかどうか、引受保険会社から回答があるのですが、ケースによっては、引受保険会社の代理人弁護士から書面で回答が来ることもあります。
このような場合には、どうしたらよいでしょうか。
まず、保険がおりないと主張された理由を確認し、税理士職業賠償責任保険適用約款に照らし合わせて、本当に保険金が支払われない場合であるかどうか、確認をする必要があります。
この場合、法律解釈が絡みますので、弁護士に相談することをおすすめします。
引受保険会社が支払いを拒絶しても、それは、約款を誤解釈している場合もありますし、事実関係を誤解している場合もあります。
実際、支払い拒絶をされた後に交渉して支払いを受けられるケースもあります。
また、交渉しても支払拒絶の回答が変わらない場合には、訴訟を提起する方法もあります。
保険会社の解釈が必ずしも正しいわけではなく、保険会社が敗訴することもあります。
当事務所で担当した過去の事件でも勝訴案件があります。
したがって、支払い拒絶をされたからといって、ただちに諦めてはいけない、ということに注意が必要です。
税賠保険の免責条項該当性が争われた裁判例
大阪高裁平成17年1月20日判決です。
(事案)
・控訴人(税理士)が、保険者である被控訴人(西日本幹事保険会社)に対し、控訴人が農地等についての相続税の納税猶予に関する租税特別措置法(平成12年法律第13号による改正前のもの。以下同じ。)70条の6第1項の規定の適用を受けるために必要な書類の添付を失念したため、控訴人に相続税申告業務を依頼した者(いわゆる農業相続人)が相続税の納税猶予の制度の適用を受けられず相続税相当額の損害を被ったことについて、控訴人が上記損害を依頼者に賠償したとして、保険契約に基づいて、保険金9989万8932円の支払いを求めた。
・原審(地裁)は、上記保険の税理士職業危険特別約款所定の免責条項に該当するとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人が本件控訴を提起した。
(判決)
この事案において、裁判所は、免責条項に該当しないとして、保険会社に保険金の支払いを命じました。
このように、裁判を起こすことによって、保険金の支払いを命じてくれることもあるので、保険がおりないと言われた場合には、弁護士に相談することをおすすめします。
・弁護士による税理士損害賠償SOS
弁護士法人みらい総合法律事務所では、税理士損害賠償のご相談を受け付けています。